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新星急報社さんオーダーアクセ記録:まほやくフィガロ2周年カード概念ブレスレット

まほやくフィガロの2周年カードを賢者様との関係性の決定打だと受け取った私が、
「二人が改めて手を取った記念日のブレスレットが欲しい」と言い出し、
オタクの萌え語りを概念アクセにしてくれる新星急報社さんにセッションオーダー依頼しました!というレポです。

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EXILE ATSUSHI「サイン」を読んで

電子書籍版があると知って、気づいたら購入して読んでいた。

この記事を読んでも内容がちゃんと分かるわけでもないし、だからって自分で買って読んでくれなんて宣伝するつもりもない。
ちゃんとした言葉にできているとも思わない。
私は私の気持ちを整理するためにこの文を書いた。それだけだ。

プロローグから殴られたような気持ちだった。
2/26の中止が、ファンはもちろん、アーティストたち本人に精神的衝撃を与えなかったはずはなく、けれど彼らはそれを見せないという気丈な判断をしてくれたのだから、そこを詮索せずにはいようと思っていたけれど。

それが最善で他に方法はないと分かっていても、どうして、とやりきれない・割り切れない気持ちに襲われる。頭で分かってても、心がついていかない。すごく分かる感覚だった。
似たようなことは、ネガティブなことだけでなく、ポジティブで自分が本当に望んでいるはずのことでも当然起こり得る話だということも。

大筋は私の思っていた通りだった。
それにしても落ちている時期の話は生々しくて、うう、となる面もあった。
けれどそうやって綴られた実感を読んでいるうちに、私にとってすごく大事な気づきもあった。この本を買ってなかったら気づくの何年遅れたかなという感じもあるので感謝もしている。まあこれは私の個人的な話だし、あくまで副産物といった感じだが。

ここで語られたことはわかった、でもそれを踏まえるとここで語られてないあれはどういうことだったんだろう、と思う部分もないではない。でも全てを語ることが正解でもないだろうし。

総合的には、私が読む前に想像したよりも、清々しい読後感だった。無理をしている自分に一度気づいたら、無視せずちゃんと向き合うこと。その大切さを知った人が語る本だからだろうか。
2/26があったこと、EXILEの道について模索しなくてはならなくなったこと、この本のために文章を書き溜めていたこと、それを読んでもらったこと。いろんなきっかけが重なって、たぶん本人だけじゃ気づけなかった道の存在が示されて、そしてそれを選んだ。

最後に語られた約束は、私がこの本を買う前から、勝手にそうだと信じていたものだったから、ちょっと報われた気がした。

あと最終的にたどり着いた歌との向き合い方がTAKAHIROさんが今後やっていくと示したものに通じているようにも感じられたので、別の道を歩いていくうちに、またどこかで交差することもあったらいいなあとも思う。

EXILEメンバー全員への手紙、TAKAHIROさんへのトーンの違い、いやここまで来るともはや笑ってしまうというか。それだけの気持ちがあることが分かると同時に不器用さがものすごい……。(相手を思うあまり距離のつかめなさが加速してるなら笑い事じゃないのかもだが)

それにしてもHIROさんてすごいな……の念も新たにしつつ、以上が私の感想。

アーティゾン美術館 鴻池朋子「ちゅうがえり」

https://www.artizon.museum/exhibition_sp/jam_tomokokonoike/

帰りたくないなあと思った。

作品を見ていて、私の中にたくさん詩が生まれては消えていった。私という針に、この作品をかけたときだけ生まれる空気の振動みたいなもの。作品を外したら消えてしまうもの。だから、帰りたくない。詩が、音楽が止んでしまうから。

私は、襖絵は時計回りだと思った。この混沌は、秩序の後に来るものだと思うので。
実際、展示は(自然に回れば)逆時計回りから始まり、2回転から3回転したあと、中央の振り子で逆回りになり、そして登ってからすべり台で襖絵にたどり着くので、襖絵も時計回りなのではないかと思う。
展示最後のあたりの楽譜にも、FILP(今回の展示の英題でもある)とあり、逆回転になる瞬間がある。それがやはりあの振り子付近なのだ、と思う。
自分の感じたものが実際楽譜の形で展示されていると、なるほどとなった。

襖絵、連続性がありながらも奇数で途切れていたり、線が繋がっていても塗りが途切れていたりしてよかった。
見るごとにたくさん見えるものがあって、本当に帰りたくなかった。

隠れマウンテンには鼻と口があるのを完全に失念していて、2つとも見つけたとき「鼻と口がある!?」となってしまった。鼻と口くらい、ある。隠れマウンテンなので。

それにしても皮トンビである。
蛾の羽の目の模様は惑星で、だから蛾の羽の中には宇宙があるのだと初めて知った。

それから、それにまつわる過去の語りやスナップ写真がたくさん展示されているのもよかった。
川を上る話を読んでいたから、映像になるほどとなった。
あの映像で着ていた服が毛皮空間の先、白い空間にあった。
それから、語りの紙は毛皮の先で白い空間よりも手前、毛皮製品の一角の照明にも使われていた。

地方の展示に全然足を運べていないのだけど、そして感じることは多々あれどそれを適切に言葉にできるだけの知識を持っていないのだけど、でもやっぱり好きだから、足を運ぼうと、思った。
インスタレーション/installの違和感の対談でもあったけれど、そこにいなければ分からないものがあるはずなので。

この空間から私が帰りたくなかったように。

(追記)
画像は
こちらのツイートのツリーからどうぞ。

刀ステ悲伝初見のあの日〜荒牧山姥切の顔が輝きすぎていた事件〜

突然2018年6月の話をする。文章にまとめておきたいのにまとめていなかったので。

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アルバム「LOVE」の特典ディスク、EVOLUTIONファイナルの映像を見た

私はTAKAHIROさんをよく知らない。
知っているのは彼が見せてくれたほんの一部、のうち私が触れたさらにほんの一部だけ。
彼が何を考えて感じているのかの本当のところを知らない。彼の言葉や表現の一部から私なりに受け取ったものはあるけど、それは私の中だけのものだ。

受け取ったいくつもの欠片たちを、私なりに解釈して、組み合わせて、私は私の中で彼のイメージを作っている。穴だらけのパズルみたいに。
それはとてもキラキラした、輝く姿をしている。
私に都合のいい美化されたイメージだなとも思う。

だけど、新しい欠片が飛び込んでくるたびに私はびっくりする。
新しい欠片が、一番美しい。
こんなにきれいな部分のある絵柄だったんだ!?とびっくりして、私はまたパズルを組み直す。

美化されたイメージよりも美しいひと。
私の頭の中では到底再現のできないひと。
触れるたびに驚いて惚れ直してしまうひと。
価値観が違いすぎて突き放されたような気分になるときもある。そことそこが接続するなんて聞いてない、こんなん私の中で組み上がるわけないじゃんって。
彼はそんなこと当然知らない。またファンに何かを投げかけてくれる。私のところにもそれは届く。
私はそれを受け取る。大切にする。また組み直す。

私の中で組み上げられた姿は本物の彼じゃないけど、でも元はといえば彼が投げかけてくれた何かからできている。私の解釈を経て濁ったり歪んだりしているけど、それでも十分にうつくしい。
こんなひとがこの世にいるんだ、いま生きてるんだって思うたび、驚きだか畏怖だか歓喜だか感謝だか分からないもので背筋が震える。

そんなひとがいることも、そのひとのことをこんなに大切に考え続ける日が私に訪れることも、出会うまで考えたこともなかった。
だけど、私が彼を知るずっと前から、彼はそうやってたくさんのひとに自分を投げかけながら歩いてきたのだ。彼が選んで歩いてきた道のりが、また彼自身を作ったのだ。
私が気づいていないときだって、ずっとずっと地上を照らし続けてきたのだ。私がどう思おうが、出会ってさえいなかろうが、もし出会っていたなら受け取れる何かを、そして今からでも遡れば受け取れる何かを、ずっと投げかけ続けてくれてきたのだ。

そんなことをアルバム「LOVE」の特典ディスク、EVOLUTIONファイナルの映像を見ながら思って、私は気が遠くなるような心地のまま涙を流していた。