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KH2語り~ノーバディの話

 以前の記事(「愛が止まらない」)から結構経った気がしますが、まだまだKH2への愛が止まりません。いっそ開き直って最近考えたことを適当に放出してみることにしました。何回かに分けて。

 ネタバレあり・XIII機関(というか8と13)に大幅に肩入れ・長文です。
●自嘲的
 「ノーバディ」って自称らしいですね(裏アンセムレポートより)。どんだけ自嘲的なんですかあんたたち。でもあの人たちはみんな自嘲的に見える。結局、感情的に見えても全部お芝居なんだろうし。それを自分でよーく分かってるだろうし。

 だからアクセルは「俺は……悲しいな」ってわりと小さく言ったんだと思うんですよ。少なくともロクサスに聞かせようとしてないと思う。「誰も悲しまない」のは本当なんですよね。ロクサスの周りにいるのはみんなノーバディで、心なんかないんですから。だからそんなこと言われたら「悲しい」なんて言えませんよ。「悲しい」に近い何かはあるとしても、それはきっと心がある人の「悲しい」とは別物だから。口にした瞬間に嘘になっちゃうから。

 アクセルは消滅の時も自嘲的な香りがするしなぁ。「俺心ないもん」のあとあははって笑いますよねあの人……。

●記憶
 人間だったときの記憶持ってるっていっても、結局は「自分とよく似た誰か」の記憶でしかないのではないでしょうか。ディズはゼアノートとゼムナスを同一視してたけど。外見だって若干変わるし。心がなければ、思い出のひとつひとつに感慨だって沸かないでしょうし。そんな、実感のない、けれど心があった時の記憶なんて、持っててもつらいだけじゃないのかななんて考えてしまいます。ロクサスみたいに記憶がないってのもまたつらいと思うんですけどね。

●存在の証
 ダスク程度のノーバディってほっとくと闇に溶けちゃうらしいんですよ(ジミニーメモより)。そんなにも存在が不安定なわけで。機関のメンバーだって、「死亡」じゃなくて「消滅」なんですよ。死体だって残らない。だから、死んでもそこに赤い光が残る「存在の証」って本当に文字通りの意味なんだなぁと。あのマップは初めて入ったときぞくぞくしました。

 最後まで青く光ってたのは結局ロクサスだけ。でも、初めてまだ青く光っている13番を見たときはぞくっとしました。まだ生きてるんだ。(ていうかアレってどんな仕組みで生存してるかどうか分かるんだろう。遠く離れてても反応するっぽいし)その事実はあの部屋に行けば簡単に確認できたわけです。ソラの中にまだロクサスは生きてる。だからこそアクセルは最期ソラのためにあんなに必死になれたのかなーと。

●存在した者
 「存在しなかった者」だけれど、アクセルが「全存在をかけた」攻撃にはあれだけの威力があった。なんか、その事実が単純に嬉しいです。存在してたんだなぁって。

 やっぱり「存在しちゃいけない」なんてひどいと思います。存在しなかったかもしれない。存在すべきでないのかもしれない。それでも、存在するんですよ。生きてるんですよ。心はなくても思考がある。それを、人権がないだの存在しちゃいけないだの。いくらなんでもひどい。


(この長さなのにもう1、2回ありそうな私ってもうダメかもしれない)
(というかアクセルへの愛があふれてるのがあからさまに分かる恥ずかしい文章だ)

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