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俺屍2周目(橘家)記録

見たい!って方がいらっしゃったので、やってみました。
俺屍2周目の家計図&とくにエピソードのあったキャラの話。
2004年にプレイして、髪の毛4本くらい倒したとこで止まってるデータです。
2004年当時の私は中学生です。つまり:ネーミングセンスお察し下さい。

追記からいきなり家計図画像出てくるので注意。

・顔画像については攻略本の「上or下からn段目、右or左からn段目」で表記しています(上1左1とか)が、
+αさんの俺屍コーナーに行くと対応した画像を見ることが出来るので参考にどうぞ。
俺屍2周目家計図


●姉弟の恋人関係
・うらら(弓) 2代目 享年1歳7ヶ月 下1右1(白雪顔)
・風彦(剣) 3代目 享年1歳7ヶ月 上3右2(ポニテ)
が恋人関係でした、というお話。

うららは元々臆病で優しい子だったのですが、2代目を継いでからはますます家族の死を恐れるようになりまして。
臆病すぎて劣勢に→まだ育ちきってない子(英彦)を怪我させ、2ヶ月連続休養させる
それで更に家族の死を恐れるあまり、自分の身をかえりみなくなる
この流れに弟の風彦が戦場でキレまして、
「当主ってのは、全員の体力に気ぃ配るから当主なんだよ! 誰かが死ぬのが怖いのは分かるけど、お前が死にかけたら意味ないんだよ! ……お前一人の体じゃないんだからさぁ、頼む。な?」
とかその場で何かぶちかましてしまい、その辺から色々と私に露呈しました。

風彦は元々ムードメーカー(に意識的になろうとしてる子)だったので、うららのこと叱咤激励はしてたんですが、たぶんその中でほっとけなくなっちゃったんだと思います。告白は風彦から。
今から思うとうららの方によくそんな度胸あったなーと思いますが、
一度決めたことに関しては(どんなにそれが怖くても、顔面蒼白になろうとも)やり遂げる子ではあったからなあ。
肉体関係はたぶんなかったんじゃないかと。
まだこの年代ではどちらかが氏神になるって抜け道もないしなあ……。

うららの遺言が
「一つひとつの戦いに 命を張る覚悟でやってきたよ…じゃないとね、
怖くてしょうがなかったんだ…」
で、あまりにもキャラそのまんまでびっくりした記憶が。

●鬼朱点打倒メンバー
鬼朱点を打倒した部隊の一人、那々(拳)の遺言が
「真っ暗だ…
私にはもう 明日が見えない
あんたたちが 代わりに見とくれよ…」で、
まだまだ先が長いと知って絶望しちゃった人みたくてすごく……。

●はしゃぐ兄と冷静な弟
炎輝と慈焔は兄弟だったんですが、兄がはしゃぐタイプ、弟が落ち着いてるタイプでした。
炎輝が初陣で双光飛燕斬を覚えたら、その直後の戦闘の3つの進言のうち2つが「前列で双光飛燕斬」「後列で双光飛燕斬」で吹きました。その後もそんな調子で、お前どんだけ奥義使いたいんだよと。
弟がそうやって暴走する兄をちゃんとサポートするような進言してくるタイプで非常ににやにやしました。

●初陣死亡
当家の初めての大筒士は一隆だったんですが、私の采配が悪くて、初陣でやられ、即帰還しましたがそのまま死亡しました。
すごくショックでしたがリセットするのは違う気がしたのでそのまま進めました。
家計図で見るたびに今でも後悔が。

●初踊り屋は男当主
泰造は下1左1。いわゆるモヒカン顔でした。ついに来たー!って笑いました。
が、お家に来てから気づいてしまったのです。部隊構成といい技の素質のよさといい、これは、踊り屋にするのが最適……!
そうして踊り屋にした後に次の当主襲名があり、まあ、うん。見たいじゃないですか、フィールド上のドット絵が男踊り屋になってるの……!!
初めて見た踊り屋がモヒカン男だった当家では、しばらくそういう伝統が残ってしまう気がします。

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